2018年12月28日金曜日

宜保愛子氏に聞こえたお墓参りを求める声

夏休みになると、宜保愛子先生のお宅でも子供達にどこかに連れていって欲しいとおねだりされていたようです。連れて行ってもらわないと納得してくれないのは、よくあることですよね。子供たちがみんなで『どうしても日記帳に旅のお話を書きたいからお母さん、どこかに連れて行って!』さて、どこがいいかしら。



たまたま宜保先生の友人が八丈島に別荘を持っていました。『その別荘を自由に使ってちょーだい』ということで宜保先生の家族は大きなリュックサックにインスタントラーメンやいろんな缶詰類をいっぱい入れてその友達の別荘へ行ったんです。

着いてみたら長いこと使ってない別荘だったので、カビの臭いとホコリとでいっぱいだったんです。宜保先生は『早く海へ行ってお泳いでいらっしゃい、お母さんその間にこの別荘をきれいに拭き掃除しておいて、みんなが帰ってくるまでにご飯の支度もしておくからね』

宜保先生のその声に子供たちはみんな一斉に水着に着替えて「乙千代ヶ浜(おっちょがはま)」という海水浴場に、もうワイワイ言いながらガヤガヤしながら飛んでみんな飛び出して行ったんです。

宜保先生は『良かった、子供たちとっても楽しそうだ』そう思いながら雑巾がけをしていました。先生が一生懸命床を拭いていると、誰か男の人の声で『私の墓が近くにあるんだが来てくれないか?』そういうふうに誘いかけるように霊の声が聞こえてきました。


宜保先生は『あなたはどこにいらっしゃるの?』そう言いましたら『私の声のする方に来てくれればいいんだよ』そう言うんです。そのうちに元気な声で一番下の子供が戻ってきました。『早く水着を取り替えてお母さん、散歩したいの』


そうすると子供が『うん!お母さん散歩に行こう』そう言いながら洋服に着替えて二人で出かけてました。先生はなだらかな坂を上るコースを選びました。どうしてその坂を登ったかというと、その坂の上の方から先生の右の耳に『こっちだ、こっちだ』っていう声が聞こえたからです。

先生はその声誘導に従ってずっと子供とその坂を上っていきました。すると『ここだよ、ここ』という霊の声が聞こえたのでふっと見てみたのです。すると「八丈島流人の墓」と書いた墓標がありました。周囲は草ボーボーで汚れっぱなしになっていました。

先生は『あ~さっきの声の主はこここなんだ』そう思って子供に『お母さんね、聞こえていた声がここからだったの、一緒に草をむしって』そう言って子供と一緒に草をむしりました。そこをきれいにして合掌をしてあげて、きれいな水を汲んできて紙のコップを供えたんです。その坂を下って帰る時には何となくスッキリした気持ちになったといいます。

夜はその別荘で楽しい家族の語らいをした後は、子供たちは昼間の疲れでみんな寝てしまいました。その後に先生がお風呂に入った時のことです。お風呂の窓のところで「チリーン、チリーン」と鈴の音が聞こえたような気がしたんです。外は真っ暗なんですが、そこに白い着物を着た人が鈴を持っていてお坊さんの恰好をした人が立っていました。先生はその姿を見て『あなたは誰?』と問いかけました。

するとその人は『今日私の墓に参ってくれたねありがとう』そう言いながら合掌しているお坊さんがそこに立っていました。先生は不思議だなと思いました。翌日先生は再びそのお墓に行ってみたんです。昨日先生は「八丈島流人の墓」と書かれていた墓標の表だけを見ていたんです。ふと墓標の後ろを見ましたらお坊さんのお墓だったんです。このお坊さんの霊が昨夜お礼を言いに来た方だったのでしょうね。

八丈島(東京都・伊豆諸島)は1600年~1830年くらいの間に島流しの刑に処された犯罪者が送られた歴史がある島です。今回のお坊さんは島で亡くなった流人の供養を施していた方なのか、流人として流された方なのかは不明ですが、長い間じっと供養をしてもらう機会を待っていたようです。宜保先生が訪れたことで供養が叶いました。宜保愛子先生は『全国至る所に霊は私たちの供養を求めているんです』と語りました。




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