2018年12月24日月曜日

宜保愛子氏が霊視した地獄の様相とは

霊能者として活躍させた宜保愛子先生(1932-2003)は『地獄という言葉を私たちは小さい時から聞いております。地獄へ行くと蛇が出てきたり恐ろしい怪物などが出てきて地の池地獄だとかそういうところに引っ張り込む、というのは私たち生きているものに対する戒めや教訓でしかならない』と語りました。



宜保先生は霊視経験から「地獄」の定義として現世にいる人からの供養がなく成仏できないために単調で果てしない霊界の道を歩かねばならないことだと語りました。鬼や蛇や得体のしれない怪物に追い掛け回されるというわけではないのです。この辺りは仏教やキリスト教の地獄観とは違う見解になると思いますが先生の霊視の結果をありのままに述べているそうです。

今、私たちがこうやって生活していると色んな仕事もしなければならない、こんなこともしなければならない非常に忙しいこともあるわけです。ですからもし悪いことをしていても、弱い自分の気持ちに左右されてしまうんですね。 ところが霊界は感じ方が現世とは全く違うというのです。

霊界で歩いていると「自分はあんなことをしてしまった、あんなに人を泣かしてしまった、あの人を大変不幸な日に合わせてしまった」と後悔の思いが膨らむといいます。その後悔の念というのが自分の心の中から体の中で膨張していくんです。その膨張したままトボトボと湿った霊界の道を歩く。それこそが地獄だと宜保先生は語りました。


霊界では美しい景色や御馳走、ともに歩く仲間がいるわけでなく気を紛らわせてくれるものもないですから、後悔の念という時に耐え難いほどの重荷を背負って歩くことになるでしょうが、どうにも自分で重荷を軽くする方法はないようです。この思い足取りを軽くし歩みを早め天国への道へと方向転換させ輪廻転生へと導くのが供養だと先生は言います。

供養してくれるはずの人が何もしてくれなかったら霊は悲しい気持ちで見ることでしょう。忘れさられて寂しい思いをしている霊が霊障を起こすこともあるとのことですが供養してくれたなら供養してくれた人に幸せをもたらす守護霊になってくれるかもしれませんね。

後悔の念を持って霊界を歩まなければならないわけですが、それは一体どれくらいの時間でしょう?長い長い時間です。宜保さんはだいたい50年から100年までの間と語りました。

50年から100年もの時間を後悔の念を持ってひたすら歩く!どう思われますか?今日からそれを意識して後悔の気持ちを残さない日々を送って自分自身を軽やかに極楽浄土を歩ける人になりたいものですね。




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