2019年1月1日火曜日

宜保愛子先生が霊視した手作りのお土産にこもった念

今では東南アジアの国々も豊かになりつつあると思いますが、数十年前はまだまだ貧しい国々でした。宜保愛子先生(1932-2003)が霊能者として活躍し、霊視相談を受けていた当時はお土産で東南アジアから買ってきた手作りの民芸品の中に強い念を感じる物が少なくなかったようです。



機械によって大量生産された物ではなく、一つ一つ手作りで丹念に作られた物には念が込められてしまっていた物があり注意が必要だと先生は感じていたそうです。安い賃金で働きながら、わずかな収入で家族を養う生活であり、内乱や政情不安の中で家族が亡くなったり、行方不明になったりと日々の生活が脅かされるといった環境だったわけです。

こうした生活を送る人が民芸品を作ると「作った人の意志とは関係なく」作品の中に念が入ってしまう。作業道具の一動作ごとに辛さや悲しみが自然に込められてしまうと。それは現地の人々からすれば、お金持ちで遊びに来たであろう買い手の観光客への妬みまで入り込んでしまうといいます。

宜保先生が原因不明の体調不良に悩むというAさんの霊視をしたときです。霊視するうちに、Aさんの玄関に東南アジアの物らしい人形が飾られているのが視えました。それは息子さんが東南アジア旅行のお土産に買って来たもので高価なものとのこと。


Aさんは人形を見た時にゾッとしたといいますが、気は進まなかったものの、せっかく息子が買ってきてくれたものだからと玄関に飾ることにしました。宜保先生はAさんがゾッとしたのは、霊が知らせたからで最初に見た時に強い嫌悪感を抱く物は悪い影響を及ぼすものだと考えてよいと語りました。Aさんは先生の言葉に従い年末でしたので、神社の「お焚き上げ」で焼くことにし以後は体調も元通りになったということです。

同じように東南アジアから買ってきた精巧に作られた立派な木製の像にこもる念を宜保先生は霊視で感じたことがありました。それは現地の老人が黙々と仕上げたという数個の見事な木製の像でした。先生が霊視を続けて視えてきたのは、老人の不幸な境遇でした。

老人の家族はベトナムの内乱によって家族が犠牲になり亡くなったり行方不明のままで、その悲しみを像に訴えながら彫っていたのです。 それが先生には視えましたので飾ることはしないで、お寺に納めお経をあげ処分することを勧めたといいます。

決して東南アジアのお土産が悪いということでないのです。戦乱の中で無念のまま亡くなった方の思いや、残された家族の辛く寂しい思いが貧しい生活を営む中で作り上げた作品に、図らずも念が入ってしまったという悲しい時代のお話を宜保愛子先生の霊視経験談から紹介させていただきました。


0 件のコメント:

コメントを投稿