2019年1月23日水曜日

宜保愛子先生が前世について考えていたこと

みなさんは、自分の前世が一体どうであったのか?誰だったのか?どんな人生を送り今世に結びついているのか?など考えてみたことがあるでしょうか。霊的なことに特に関心のある方は、前世を知りたいと考えてみたこともあると思います。


 
宜保愛子先生(1932ー2003) は前世についてどう考えていたのでしょう。先生は基本的に前世を知ったところで、それほどのメリットがあるとは思えないと述べていました。稀代の霊能者でしたので前世を知る能力はあったはずですが、前世に必要以上にこだわる必要がないという考えでした。ですから前世占いの類に意義はないと思っていたようです。

それでも普段の生活の中で自然に「ココに来たことがある」「初めて会ったのに懐かしさを感じる」「前世からの運命」など前世での訪問や交流を感じることはあったそうで、そういう事は前世の記憶であるとして大事にすることを勧めておられました。素人の前世占いより、ふと感じる不思議な結びつき感デジャブ(前世体験)を生かすことが大事とのことです。


宜保先生自身はヨーロッパに行かれた時に、土地や地元の人たちに懐かしさや郷愁を感じることが多く前世はヨーロッパ人(ベルギー)だったと感じていたそうです。先生の能力をもってすれば前世はヨーロッパのどこの誰だったかは分かったはずですが、あえてそれはせず不思議な結びつきを大事にすることに留めていたようです。不思議な結びつき感デジャブ(前世体験)は前世があったことを意識(自覚)させる現象であって人は輪廻転生を繰り返している証明といえるのかもしれません。

霊界というのは前世の記憶をきれいさっぱり洗い流すところだといいます。そうすることで魂がすっかり浄化され輪廻転生に向かうものですから、前世の記憶が無くて普通です。ただ、前世の記憶は消されても犯した罪の因縁は消えるわけでなく今世や来世で因縁を背負うことになるとはいいます。この世の不運は何の因縁かと嘆いて、もし前世を知ったところで何ら人生は変わらないなら、もう新たな人間として前を向いて歩いていくしかありませんね。

前世を知ったことで、今世の人生の足取りが重くなってしまっては元も子もなくなります。ですから前世の記憶を消されて送り出されるのでしょう。それが霊界によるコントロールでルールであるならそれに従うのが自然と思います。宜保先生も霊視は多くこなされ誰が守護霊について教えてあげることはあっても前世については触れていないのはそういう事情ではなかったのだろうかと思っています。


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